2022.06.23
中国・宋時代の青磁の再現研究 II
要旨
補足し、その続編として以下のテストを行った。中国の文献資料を基に釉薬の化学分析結果からゼーゲル式を算出して、原料の重量比を求め調合した。テストピースに施釉した後、現代のガス窯を使用し再現可能かどうかの検証を行った。その結果、近似した色が再現できる可能性を得たのは老虎洞釉のみで汝窯はできなかった。また郊壇官窯に於いても、二重貫入の釉は再現出来なかった。
1. はじめに
中国の青磁の誕生は後漢時代(西暦 25 ~ 220 年)に浙江省上麌市一帯(原始青磁)に始まる。青磁の釉薬は、成分や生成の原理といった点では基本的に灰釉と同じである。それが美しい青または緑色に発色しているのが青磁なのである。そして北宋の汝窯の青磁の天空の色、南宋の官窯青磁の神秘的な青色、龍泉窯の砧青磁の玉のような質感、これらが完成されるまで二千年以上の改良がなされてきた。
青磁の青い色は、釉薬や胎土に含まれる微量の鉄分による発色である。還元炎で焼成することにより3価の鉄分(Fe3+)は酸素を奪われ釉中に溶け込み 2 価の鉄イオン(Fe2+)となり青みを帯びるのである ( 還元焼成は Fe2O3 → FeO に還元され青磁の色を呈す )。
還元焼成とは窯に次々と燃料を投入し温度を上げるやり方(攻め焚き)で、窯の中の酸素を不足させる状態にすることである。これに対して酸化焼成は窯の中に酸素が十分な状態で焼くことである。薪が燃え尽きた後に次の薪を投入していく方法である。酸化炎で焼成されると、釉薬や胎土の中の微量の金属成分が酸素と結びついて酸化される。鉄分は赤茶色になり、陶磁器は黄あるいは褐色を帯びる。青磁の釉薬をルーペで観察すると微小な気泡や鉱物の細片がみることができる。これにより光の乱反射が生じ青磁の色に深みを与えている。また胎土の上を釉薬の層が覆っている状態なので胎土の鉄分の量に影響する。
筆者は 35 年の間、宋代の青磁の作品を目標に、経験的な方法により再現してきた。
本論では、文献のデーターを元にどこまで再現可能かどうかを検証した。そして経験的な方法により現した筆者の作品と両者を比較し検証した。
資料収集は、2010 年 3 月 大阪市立東洋陶磁美術館での国際シンポジウム「北宋汝窯の謎に迫る」(図1、2、3)、同年 8 月 国際交流企画展「幻の名窯南宋修内司官窯-杭州老虎洞窯址発掘成果展」、同年 10 月 根津美術館創立 70 周年「南宋の青磁 宙をうつすうつわ」での「作家に聞く青磁釉色の秘密」、2012 年 3 月 「日本人の愛した中国陶磁-龍泉窯の青磁展」での国際シンポジウム「龍泉窯青磁の謎を探る」、同年 8 月 山口県立萩美術館・浦上記念館での記念講演会「龍泉窯の青磁を紐解く:製作実演を通して」等の出席によって得られた資料や 2011 年 8 月中国北宋汝窯清涼寺窯址と鈞窯博物館、上海博物館の視察、2012 年 8 月 中国南宋官窯(郊壇官窯、老虎洞窯)、龍泉窯青磁大窯古窯址と杭州南宋官窯博物館、龍泉窯青磁博物館の視察を行って得られた知見を基にしている。今回新たに、南宋官窯与哥窯 1.中国科学院上海珪酸塩研究所 2.杭州市文物考古所 浙江大学出版社 2005 年 231 頁~ 232 頁により南宋の老虎洞窯(図 4)のテストピース 6 点と郊壇下官窯(図 5)のテストピース 10 点を追加した。
資料を基に再現する作品は、北宋の汝官窯の青磁、南宋の老虎洞窯(図 4)・郊壇下官窯(図 5)の青磁とした。それぞれの青磁の特徴を次に示す。
1.1. 北宋の汝官窯の青磁
宋磁の中でも有名。釉色は淡く天青色で玉の如し。文献によると釉薬に瑪瑙の粉末を使用とある。
1.2. 南宋の老虎洞窯
修内司銘の窯道具が老虎洞窯址から発見され修内司官窯とも呼ばれている。美しい粉青色の釉が厚くかかっている。
1.3. 郊壇下官窯
胎は鉄分が多く、灰黒色で陶器質である。釉薬は厚くかけられ、深い色で二重貫入があり、玉の趣がある。
2. 再現方法
①収集した文献により北宋時代の汝官窯青磁及び南宋時代の老虎洞窯と郊壇官窯青磁の化学分析値を選定。
②化学分析値よりモル数を求めゼーゲル式を作成し調合重量比を計算する。その数値に基づいて実際に釉薬を調合する。
③素地の選定は紅土(ァ):黒胎の貫入土、天草選り下半磁器土(ィ):無貫入の磁器土(共に神近陶土製)とする。紅土には Fe2O3 が約 3 ~4%、選り下半磁器土には約 1 ~ 2%含有している。
④釉掛け方法はテストピースを用いて一度浸し掛け。
⑤焼成の窯と焼成方法・温度・時間はガス窯にて還元焼成・1200 度・24 時間に設定。
⑥当時は Fe2O3 分を天然に産する紫金土(表 7 に示す)より得ているが、本稿では弁柄を使用した。
3. ゼーゲル式から調合重量比の算出
分析値によりゼーゲル式を求め、調合重量比を算出する。ゼーゲル式及び調合重量比は調合ソフトを使用し計算した。注2)
なお、以下に4種の汝窯釉薬の分析値および胎土の Fe2O3 の含有量、ゼーゲル式、調合重量比を記す。
5. まとめ
汝窯釉薬の分析値より再現したテストピースはすべてオリーブグリーン色を呈し汝官窯の特徴である天青の色ではなかった。しかし釉調は似ていたのでFe2O3 の量を減らせば天青色になるだろうと、筆者の経験により予想できたので Fe2O3 の量を 1%にして試みた結果天青色にはなったが、筆者の考える汝窯の天青色とはかけ離れていた。(図 7 ゥ)よって、天青色の汝窯の分析値ではないと窺える。又、汝窯の分析値の資料が少なすぎることも原因の一つである。筆者が、今回の資料の一つの清涼寺の発掘現場で、付近の農民から見せて貰った青磁片は、天青色の美しい物だった。
南宋官窯については、前回は、平均値(図 8 ァ、ィ)により試験したが、より充実させるために、今回は別の資料 注 10)を用いて南宋老虎洞官窯釉薬 7 点、郊壇官窯釉 12 点のテストピースを増やし再現を試みた。その結果、両者に差はなくは明るい天青色になった。(図 8 ァ、ィ)(図 9、10、11)しかし郊壇官窯釉の特徴である二重貫入(図 6)にはならなかった。これは、汝窯の場合と同じように、資料が二重貫入の分析値ではないことがわかる(図 11)。
加藤悦三著の『釉調合の基本』より引用すれば「酸化物百分比やゼーゲル式による表示は普遍的な表し方であって、実際使用された原料が不明であっても、釉をある程度理解できる。例えば外国の原料で釉調合が示されていても日本の我々には通じない。その釉が酸化物重量百分比やゼーゲル式で示されておれば、我々にも理解できるのである。しかし、酸化物重量百分比やゼーゲル式によって同じ釉を正確に再現することはできない。まったく同じ組成のものを別の原料で作ることはできないし、釉の性質原料の種類に大きく左右されるからである。従って、ゼーゲル式で釉の組成を正確に表そうとすることは意味がない。ただ釉の大体の性格を示すことで満足しなければならない。このようにゼーゲル式の役目を割り切って理解し、それをできるだけ簡略にすることにより、そのいろいろの便利な使い道が開ける。又三つの要素が釉の性格を知る目安になる。1アルリと石灰の割合、2アルミナと珪酸の比、3珪酸の
量とあるが、今回の実験では、ゼーゲル式より大体の釉色が再現できる証明ができた。
以上により、テストピースでの結果で分かることは、ゼーゲル式の特徴を知って有効に活用すれば釉薬の調合の初心者でも文献の資料等から調合計算ソフトを使用することで、大体の再現結果を得た。今回は老虎洞窯釉に限り近似した色が再現できた。
次に筆者の経験から得られたゼーゲル式(調合重量比から求めた)注 10)を以下に示し、中国の論文集の資料から得られたゼーゲル式と比較検証した。
①汝窯釉に似たゼーゲル式(図 12)
0.36KNaO
0.50CaO 0.46Al2O3 3.3SiO2
0.14MgO Fe2O3 1%
②郊壇官窯釉に似た貫入釉のゼーゲル式 (図 14)
0.43KNaO
0.44CaO 0.53Al2O3 3.1SiO2
0.13MgO Fe2O3 1%
③老虎洞窯釉に似た貫入無のゼーゲル式 (図 13)
0.20KNaO
0.65CaO 0.30Al2O3 3.34SiO2
0.15MgO Fe2O3 1%
これを南宋郊壇官窯、老虎洞窯釉薬と比較するとKNaO と CaO のモル数に違いがある。KNaO の数値が多いほど長石の調合重量が増え貫入が出易くなる。この数値が貫入の出かたに影響していると思われる。これによりゼーゲル式から解ることは、KNaO のモル数の違いから長石が、重要な役目をしている事が分かる(ゼーゲル式では、重量比を求めるには、KNaO のモル数は長石の化学式で計算する)。
以上の事からも、汝窯の釉薬の分析値と郊壇官窯の釉薬の分析値は、筆者の求める釉薬ではないことが分かった。これは、分析した陶片の写真が掲載されていないのが原因である。しかしながら、化学分析値の資料があれば、分析値からゼーゲル式を算出し、国内で入手可能な原料を使い、現代のガス窯、電気窯を使用しても、ある程度は再現できる結果が得られた。
調合重量比とゼーゲル式の関係を参考資料として掲載した。
[注]
1) 杭州南宋官窯博物館編 文物出版社、2004 年 278 頁
2) 津坂和秀「完全版 調合計算 CD-ROM つき 釉薬基礎ノート」双葉社、2004 年
3) 李家治「中国科学技術史・陶磁巻」(化学出版社、1988 年)
4) 河南省文物考古研究所「宝豊清涼寺汝窯」大象出版社 2008 年 202 頁 209 頁
5) 杭州南宋官窯博物館編 文物出版社、2004 年 277~ 278 頁
6) 杭州南宋官窯博物館編 文物出版社、2004 年 246 頁
7) 国際交流特別展「北宋汝窯青磁―考古発掘成果展」図録 大阪市立東洋陶磁美術館 2009 年
8)「南宋官窯」浙江省撮影出版社 2009 年
9) 南宋官窯与哥窯 1.中国科学院上海珪酸塩研究所 2.杭州市文物考古所 浙江大学出版社 2005 年 231頁~ 232 頁
10) 釉薬調合支援ソフト「釉薬工房」あい工房株式会社
参考文献
- 今井敦「中国の陶磁」4青磁 平凡 社 1997 年
- 国際交流特別展「北宋汝窯青磁―考古発掘成果展」図録
- 大阪市立東洋陶磁美術館 2009 年
- 国際交流企画展「幻の名窯 南宋修内司官窯 杭州老虎洞窯
- 址発掘成果展」図録 大阪市立東洋陶磁美術館 2010 年
- 国際シンポジウム「北宋汝窯青磁の謎にせまる」大阪市立東
- 洋陶磁美術館 2010 年
- 津坂和秀「釉薬基礎ノート」双葉社 2004 年
- 加藤悦三「釉薬調合の基本」窯技社 1970 年
- 梶原茂正「初期柿右衛門様式における釉および素地の比較研
- 究『九州産業大学柿右衛門陶芸研究センター論集』第 2 号 2006 年
- 梶原茂正「中国河南・河北省仏教遺跡と陶磁古窯の旅」『九州
- 産業大学柿右衛門陶芸研究センター論集』第8号 2012 年
- 梶原茂正「中国浙江省南宋官窯と龍泉窯青磁の旅」『九州産
- 業大学柿右衛門陶芸研究センター論集』第9号 2013 年
- 梶原茂正「中国宋代の青磁の再現研究」『九州産業大学柿右
- 衛門陶芸研究センター論集』 第 10 号 2014 年
- 南宋官窯与哥窯 1. 中国科学院上海珪酸塩研究所 2. 杭州
- 市文物考古所 浙江大学出版社 2005 年 231 頁~ 232 頁