2022.06.22
泉山磁石場坑道のロウハを使用した青磁の研究
要旨
泉山磁石場の坑道から採取したロウハを使用し泉山独自の青磁の作品(泉山青磁とする)を制作することを目的として以下の焼成実験を行った。
①市販のベンガラを使用した青磁釉の作製
②泉山陶石から採取したロウハを使用した青磁釉の作製
③ロウハを市販のベンガラと泉山陶石で調合し合成した物(以下合成ロウハ)を使用した青磁釉の作製
以上三種の青磁釉に素地は泉山陶石(田島陶土)、天草特土(神近陶土)、紅土(神近陶土)を使用した三種類のテストピースを作成し、基礎釉は、宋時代の名窯に倣い鈞窯(月白釉)、龍泉窯(砧釉)、郊壇官窯(貫入釉)の特徴的な 3 種を選択し、その 3種を目指して調合した釉、それぞれにベンガラ 2%、ロウハ 2.5%、合成ベンガラ 2.5%を添加した青磁釉を作製し、釉掛けした後、ガス窯を用いて 1200°Cまで 18 時間かけて還元焼成し、3種類の釉と 3種類の素地のテストピースを比較検討した。
1. はじめに
佐賀県西松浦郡有田町に産する泉山陶石は、1616 年に朝鮮の陶工李三平などによって発見され、我が国最初の磁器が焼成されたとされている。昨年、有田焼創業 400 年を迎えた。
泉山陶石は、約 210 万年前、流紋岩が熱水変質した岩石とある 注 1)。
その陶石に含まれるロウハ(天然の硫酸鉄)の研究は柿右衛門様式磁器の再現研究で行い論文として発表した 注 2)注 3)。
今回の研究は、その泉山磁石場(表 1)の坑道から採取したロウハで泉山独自の青磁作品(元来我が国の青磁は鍋島藩窯の創始窯である岩谷川内と柿右衛門が始まりとある)注 4)。の制作を試みることが目的である。
青磁はベンガラの還元反応である。以下に示す。
完全燃焼(還元焼成)、不完全燃焼(酸化焼成)と一酸化炭素(CO)の生成 注7)
完全燃焼
C + O2 → CO2
不完全燃焼
C + 1⁄2O2 → CO
青磁の呈色反応
還元前 還元後
CO + Fe2O3 → CO2 + 2FeO
3 価 Fe3 + 2 価 Fe2 +
黄~茶色系 青~緑色系
次に、ここで言うロウハとは天然の硫酸鉄のことである。
小林 注 2)は、高温・高圧下で形成された流紋岩は、環境下で安定な異なる物質(粘土鉱物と有色鉱物)に変化する。泉山磁石場坑道では、硫化鉄(FeS2)が風化し、硫黄は酸化されて硫酸となって陶石と反応している。
2FeS2+2H2O+7O2 → 2FeSO4+2H2SO4
4FeSO4+10H2O+O2 → 4Fe(OH)3+4H2SO4
FeSO4・7H2O(硫酸第一鉄)を 650°Cで焼成することにより Fe2O3(ベンガラ)が生成される注 5)。
ロウハの熱分解過程
FeSO4・7H2O → FeSO4・H2O+6H2O
FeSO4・H2O → FeSO4+H2O
2FeSO4 → Fe2O3+SO2+SO3
2. 実験方法
月白釉
0.36KNaO
0.50CaO 0.46Al2O3 3.38SiO2
0.14MgO
砧釉
0.19KNaO
0.65CaO 0.32Al2O3 3.37SiO2
0.16MgO
貫入釉
0.43KNaO
0.45CaO 0.53Al2O3 3.08SiO2
0.12MgO
3. 焼成結果
4. まとめ
表 2、表3、表4のように三種の釉には、独自のはっきりした違いが認められた。
ベンガラ分を 2%(ロウハ、合成ロウハは 2.5%)に増やしたことにより 3 者の比較がより鮮明になった。
今回の目的である泉山青磁は、表2、図 7 図 8の結果により月白釉を基礎とした釉にロウハ 2.5%、合成ロウハ 2.5%を添加した釉が青みに深みがあり筆者の好みで決定する。泉山ロウハを添加した釉はいずれもベンガラを使用した釉よりも青色、緑色ともに一層の深みが出ていた。
このことは(戦前のベンガラが Fe2O385%内外、SiO27%くらいであったから、鉄の量が増加し不純物の量が減少してかえって鮮明さを少なくしたようである。)注 6)を証明することができた。
また、近年、泉山磁石場は立ち入りを制限されているので、将来泉山ロウハが手に入りにくい場合も考慮して合成ロウハを作製し天然ロウハとの比較実験も試みた。その結果、貴重な天然のロウハと大差のない合成ロウハができた事で将来への期待が膨らんだ。次回はこの結果から釉薬を多めに作製し、作品へと展開し検証する。
最後に筆者の経験から青磁に対する畏敬の念を込めて考察を述べる。
㋑ 青磁の特徴はその釉色の美しさにある。釉の基礎(三角座標、ゼーゲル式等)を修得し、実際に調合し基礎釉を決定する(筆者はガス窯を使用)。基礎釉に鉄分(ベンガラ)を 1 ~ 2%加え青磁釉を作製する。
㋺ 素地(胎土)を選択する。陶器質の方が釉に貫入が出易い。素地中の鉄分(ベンガラ)の量(1~4%)によって明るい色から暗い色に変化する。
㋩ 素地の成形(ロクロ、板作り成形等)は、釉を厚掛けするため、可能な限り薄く、シャープに制作する。
㊁ 釉掛けは 1 回施釉した後、2 回~ 3 回行う。焼成後の釉垂れを意識し、釉仕上げに気を付ける。
㋭ 窯詰めは、釉の均一化のためには、匣鉢を使用した方が良い。
㋬ 窯(電気、ガス、灯油、薪窯等)を選択する。薪窯の焼成には、熟練が必要である。薪のような固体燃料を使用した方が焼き上げた後も、熾きが残り釉色に深みを与えるようだ。
㋣ 焼成は窯内の雰囲気(CO 濃度)に注意する。酸化炎は黄色、茶色、還元炎は青色、緑色、中性炎は中間色又は斑に発色する。特に、窯と燃料の種類によって大きく変化する。
㋠ 還元に入る(攻め焚き)時期に注意する。温度は、1000°C位まで待ったほうが良い。早いと釉飛びや釉禿が起こりやすい。最終温度は目安として 1200°C前後に設定する。
㋷ 焼成直後に、空気穴を塞ぎ、煙道を遮断し、素手で触れられる温度まで、ゆっくり冷却する。
[注]
1) 武内浩一「泉山陶石の地質学的位置づけと、窯業原料としての特徴 」長崎県窯業技術センター 2015 年
2) 朴泰成・小林繁夫・古賀道生・梶原茂正・津留壽昭「有田泉山ロウハと合成ベンガラによる赤絵具の試作」九州産業大学 柿右衛門陶芸研究センター論集第 2 号 2006 年 238 頁
3) 梶原茂正・日高正則・L.S.R.Kumara・古賀道生・津留壽昭・下村耕史・N.E.Sung「柿右衛門様式磁器の赤色絵具の再現研究」九州産業大学柿右衛門陶芸研究センター論集第 3 号 2007 年 59 頁
4) 鍋島藩窯調査委員会「鍋島藩窯の研究」 1954 年 117 頁
5) 原料試験報告「泉山陶石 白川山土大谷石」 昭和 44 年度 佐賀県窯業試験場 1969 年 3 頁
6) 窯業協会編 「窯業工学ハンドブック」 技報堂 1965 年 1099 頁
7) 津坂和秀 やきものをつくる「釉薬基礎ノート」双葉社 1997 年 11、12 頁
8) 津坂和秀 「完全版 調合計算 CD-ROM つき 釉薬基礎ノート」双葉社 2004 年
参考文献
- 加藤悦三「釉薬調合の基本」窯技社 1970 年
- 鈴田由紀夫 「伊万里青磁」 古伊万里刊行会 1991 年
- 梶原茂正「泉山陶石から採取したロウハを使用した青磁の研究」九州産業大学柿右衛門陶芸研究センター論集第 12 号 2016 年