やきもの研究室

汝窯水仙盆のタタラ板作り成形での再現研究

要旨

 北宋汝窯水仙盆をタタラ板作り成形での再現を試みた。その際、当時の技法ではなく、現在の便利な道具を駆使して行ってみた。土台となる楕円の立体は展開ソフト注 1)に数値を入れて石膏型を作製した。タタラ板は電動たたら板成形機(図1)を使用した。本窯焼成はガス窯を使用した。その結果、現代の方法で、水仙盆を再現することができた。
 再現するにあたっての問題点は板の厚さ、素地の種類、乾燥は特に注意が必要だと分かった。また、焼成の際の 6 本の針支え台については、それを使用することに疑問を感じた。

1. はじめに

中国北宋時代(960 ~1127 年)宮廷用の青磁を焼成した汝窯は、天青とも形容される淡い青色系の典雅な釉色を追求した、宋代の五代名窯の一つである。注2)
 今回、汝窯青磁水仙盆(水仙盆は汝窯青磁の中でも極めて独特な器形である。伝世している水仙盆は、世界に全部で 6 点あり、国立故宮博物院に 4 点、吉林省博物院 1 点、大阪市立東洋陶磁美術館 1 点が収蔵されている注3)この展観が 2016 年 12 月 10日~ 2017 年 3 月 26 日まで大阪市立東洋陶磁館で開催された。
 その内容は、吉林省博物院所蔵 1 点を除く世界に現存する 5 点が展示されるという壮観な展覧会である。内訳は(I)青磁無紋水仙盆 汝窯(台北故宮博物院)「海外初公開」(II)青磁水仙盆 汝窯(台北故宮博物院)(III)青磁水仙盆 汝窯(台北故宮博物院)「海外初公開」(IV)青磁水仙盆汝窯(台北故宮博物院)「海外初公開」(V)青磁水仙盆 汝窯(大阪市立東洋陶磁美術館)の 5 点の展示と、もう 1点は倣汝窯青磁水仙盆 景徳鎮官窯(台北故宮博物院)「海外初公開」である。
 筆者も館長講演会「宋磁における汝窯の特質と高麗青磁」出川哲朗(大阪市立東洋陶磁美術館館長)連続講座第 1 回「汝窯青磁水仙盆について」第3回「汝窯青磁研究の最前線」小林仁(大阪市立東洋陶磁美術館主任学芸員)を聴講するために 3 回足を運んで有意義な勉強をする機会を得た。

2. 制作工程

 館長と主任学芸員の講義を拝聴し、筆者も制作意欲を掻き立てられ現代の技術を駆使して汝窯青磁水仙盆のタタラ板作り成形による制作への挑戦を試みた。次に制作工程について述べる。
 対象として「IV青磁水仙盆 北宋汝窯台北故宮博物院」注4)を選択し寸法の数値は図録に示された焼成後のそれを使い一回り小さく出来上がるように設定した。本研究はあくまで板作り成形の検証のためであるので敢えてそのままで行った。通常は縮小計算(焼き上がり寸法× 1.12 ~ 1.25)注5)を行って制作する。以下に制作工程を図示し説明する。

①展開ソフト注1)に底面の縦、横、天井の横、高さの数値を入れて展開図を得た。底面:横 19.4縦 12.9 天井:横 23.1 深さ:3.9(cm)注4)


②展開ソフトより底面と天井の形をコピーして型紙を作り、石膏型を作製


③展開ソフトより得た型紙を使用し本体の石膏型を作製(型はある程度の形に石膏を流しその盤を削り出した)


④展開ソフトより型紙を作製 手前より本体、底、底内側、支え台用


⑤電動タタラ板製造機(図1)によるタタラ板の作製


⑥型紙にそって切り取る


⑦型の上に押し付け形を整える


⑧縁を型にそって切る


⑨底の部分を型紙に合わせて切る


⑩底にドベ(泥状にした粘土)を塗る


⑪底板を接着する


⑫内側に型紙を合わせて切る


⑬切った部分をはがす


⑭はがした後、隙間を埋め縁を整える


⑮足の作製 切り取った残り3枚に張り合わせその後、雲型に切る


⑯雲型に切った足を接着する


⑰表にひっくり返し、型を抜き箱に入れ、ゆっくり乾燥させる。その後、全体を磨き水拭きし形を整える


⑱素焼き後、釉掛け(スプレーガンによる吹付)


⑲伝世品に倣い6個の針支え注 6)


⑳手前 支え台 奥 釉掛け(汝窯に似た釉注 7)を選択 )


㉑ガス窯(図2 )への窯詰め(さや詰め)


㉒ガス窯にて焼成された作品



3. まとめ

 今回、板作り成形による制作(素地は陶器、磁器土を使用し約 20 点)を行ったが、その時に分かったいろいろな問題点や注意点を以下に述べる。

ⅰタタラ板の厚さ (6 ~ 8mmを選択 )乾燥(制作後すぐに容器内で時間をかけてゆっくり自然乾燥させる、1 ヶ月程)
ⅱ接着(軟らかめのドベ)
ⅲ焼成後、6個の針支え台で底面が突き上げられたので底の部分だけ厚くなるような対策が必要。針支え台を使わない方法があったら補強のタタラ板は必要ない(6個の針支え台を含めて今後の課題である)
厚めのタタラ板で制作すると縁の処理が難しい。(繊細な形状なので削り落とすのが難である。しかし伝世品は底の部分は、突き上げが見られないので、ある程度の厚みがあると思われる。縁の部分は薄くシャープにできている)
ⅳ釉はあまり厚く掛けない(針支えの針が釉の厚部分に突き刺さり目址が汚くなるので今回はスプレーガンを使用し、薄めに施釉した。スプレーガンの使用によりピンホールを消す効果もある)

最後に、現物には直接触れられないのでいろいろと想像しながらの制作で、乾燥に時間がかかる苦労もあったが、結構楽しく制作できた。

図1 電動タタラ板製造機

図1 電動タタラ板製造機

[注]
1) 展開図作成ソフト「展開工房」あい工房株式会社
2) 大阪市立東洋陶磁美術館 特別展「台北国立故宮博物院―北宋汝窯青磁水仙盆」 2016 年 106 頁
3) 大阪市立東洋陶磁美術館 特別展「台北国立故宮博物院―北宋汝窯青磁水仙盆」 2016 年 20 頁 図版IV
4) 大阪市立東洋陶磁美術館 特別展「台北国立故宮博物院―北宋汝窯青磁水仙盆」 2016 年 192 頁
5) 神田慎一「タタラと型でつくる食器」誠文堂新光社 2010 9 頁
6) 大阪市立東洋陶磁美術館「北宋汝窯青磁 考古発掘成果展」中日本印刷株式会社 2009 年 65 頁
7) 梶原茂正 九州産業大学柿右衛門陶芸研究センター論集第 11号 2015 年 19 頁


参考文献

1) 加藤悦三「釉薬調合の基本」窯技社 1970 年

2) 京都造形芸術大学編「陶芸を学ぶI」角川書店 1998 年

3) 津坂和秀「完全版 調合計算 CD-ROM つき 釉薬基礎ノート」双葉社 2004

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    最新の質問と回答
    2022.08.16 質 問
    T.H  さん
    現在磁器の主流となっている天草陶石ではなく泉山陶石によるテストとのことですが、天草陶石との違いを簡単にご教授願えませんでしょうか? よろしくお願いいたします。
    2022.08.18 回 答

    簡単には難しいですが、天草陶石は磁器の特徴を全て兼ね備えた最高の陶石です。しかも単味で磁器土になりかつ成形しやすいです。それに比べて、泉山陶石は可塑性が格段に劣ります。その上硫黄など硫化物が多く白さに支障をきたします。一番の問題は、作品、製品の歩留まりが悪いです。1616年に発見された日本最初の磁器とされています。でも近年の発掘調査等から、それ以前に有田の西の方の窯場から初期の磁器が発掘され驚くことに泉山の陶石ではなさそうだと、分析結果が最近佐賀大学の方で発表されました。有田出身としては泉山陶石に関心を持ち如何にかして復活したい想いから研究しています。また通説では有田で天草陶石の導入は明治以降とされていたのですが、有田でも明治以前幕末頃密かに使用されていた形跡があるそうです。このように、我々陶芸に携わる者にとって有田は原料の宝庫で、研究を続ける楽しみがあります。是非機会があれば直に訪問してみて下さい。また有田と天草は関係があり井伊直弼が暗殺されなかったら佐賀藩が管轄してたかもとの噂があります。当時天草は天領で幕府の下にあり、井伊直弼とは縁戚関係にあった佐賀藩の天草の天領預かりが泡と消えたらしい。